お前は甘い

日本語を勉強しているヨルダン人Aと日本語を教えているヨルダン人Bがアラビア語で話していた内容をざっくり和訳しました。方言の会話だったのであまり聞き取れず多分に推測を交えていますが大体こんな感じの内容のはずです。

 

A「オマエってどういう意味でしたっけ?」
B「あなたという意味だよ。ただし失礼な言葉だから使わないように」
A「あれ?甘いという意味では?」
B「うん、確かに昔は良い意味の言葉だったんだけど今では失礼な意味に変わったんだ。あ、でも仲の良い友人同士や夫婦なら使えるよ」

 

さて、さすがに日本語を教えているだけあってBの「オマエ」という言葉の解説は完璧なんですが、なんだか会話がかみ合っていません。
このすれ違いの理由はアラビア語話者の日本語学習者に特有の問題から来ていると考えられます。

 

 

まず、Aは「オマエ」が「甘い」という意味だと勘違いしています。
なぜか。そもそもAは「お前」と「甘い」の発音を混同しているのです。
日本語母語話者にとっては全然違う言葉ですが、アラビア語母語話者にとってはよく似た言葉です。
アラビア語では母音は3種類(a, i, u )しか区別しません。eやoの発音もあるにはありますが、eはiと、oはuと区別されないのです。
そういうわけで、「オマエ」は「オマイ」と区別がつきにくくなります。

ではなぜ語頭のa とo が混同されるのか。
これは、断定できないのですが二つの可能性が考えられます。

 

仮説1:
ひらがなの「あ」と「お」が似ているから。
この2つのひらがなは日本語学習者にとって非常に間違えやすい文字になっています。
ひらがなを読むときに読み違えた可能性は高いです。

仮説2:
アラビア語で表記すると、a とo が区別されない場合があるから。
子音なしの、単独の短母音としてはa は أَ (u)は أُ と表記されます。上に乗っている短い線やカールしてるのは母音記号で、通常は書かれません。つまり母音記号を振らない限りはa とo は区別がつかないのです。
もし日本語学習者が発音をメモするときにアラビア文字を使った場合(アラビア文字は他言語を表記するのに非常に不便なのでその可能性は低いですが)、「あ」と「お」の発音を混同するのは必至でしょう。

また、日本語を覚える際に無意識にアラビア文字を頭の中で参照している、という可能性もあるのではないでしょうか。

 

 

そして二つ目の問題。
Aが「甘いという意味では?」と言ったのに対して、Bは「うん、確かに昔は良い意味の言葉だったんだけど…」と返していて、ここでも会話がかみ合っていません。
Aが言った「甘い」はヨルダン方言のحلو (ヘルゥ)という単語です。このحلوとはどういう意味なのか。東京外国語大学言語モジュールシリアのアラビア語語彙モジュールで検索しました。(シリア方言とヨルダン方言はよく似ている)


حلو
(1)甘い
(2)きれい
(3)いい

 

ということで、Aは「甘いという意味では?」と訊いたのに、Bは「良い意味では?」という風に訊かれたと解釈したのです。

 

このように、日本語の文字の紛らわしさ、アラビア語の文字体系の問題、ヨルダン方言の多義語など様々な要因が積み重なってすれ違いが生じたことが見て取れました。
第二言語学習者がどのような間違いを犯すか、というところに注目すると両方の言語の特徴が見えてきて面白いのではないかと思います。

 

最後に、写真がないとさびしいので砂漠の中の遺跡アムラ城の写真を載せておきます。

スターウォーズのタトゥイーンみたいですよね。

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